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↑ 土御門遺跡



■大杉(御神木)
私は今回井上(いがみ)から歩く羽目になってしまったのだが、バスの運行時刻表から多分この付近が中間点だろうと思った仁井バス停で5分ほど休憩し、2分も歩かないうちに左手に立派な杉の木が見えてきた。「すごいな」と思ってしばし眺める。
『ご神木なんかにしてもいい木だよな』と思った。(実は本当に御神木だった訳だが^^;)
■標識
その御神木のおかげで気付いたのであろうが、そこから歩いて数歩も行かない内に「土御門家・七福神」と書かれた案内標識を見つけた。(左図)
『こんな所にも土御門家ゆかりの史跡があるのか。しかし何分とか何mと書かれていないのが不気味。遠かったから困るから、帰りに余力があったら寄ろう』と思って先に進む。
■案内板
ところがそこから30mも歩かないうちに今度は右手にこういう案内板(左図)が出ていた。
『KATSUさん以前文字絵で描いていたのはこれの写しか!!』とすぐさま連想。そして、実は昨夜電子地図でこの付近を見ていた時も、仁井の付近に土御門墓所という表示があるのが気になっていたのである。
『それでは土御門遺跡って納田終ではなく仁井にあったのか。村営バスでいきなり納田終まで行かなくて良かった』とその時は思った。むろん、案内板に沿って見て回ることにして、案内板を手帳に描き写す。
■加茂神社の鳥居
案内板のすぐ左手には加茂神社と書かれた碑と鳥居があった。そちらに先に行こうかとも思ったが、そちらから回れば、逆行して結局ここへ戻ってこなければならなくなる。そこで、加茂神社は最後に回ることにして、道を30mほど戻り、さきほどの案内標識のところから坂を上り始めた。
■土御門総社の鳥居
しかし何分くらい歩くのかなど悩む必要は全くなかった。あっけないほど近くに「土御門総社」と書かれた鳥居が見つかる。案内板によれば、この先に葛の葉稲荷・天檀・六神社などがあるはずである。
■葛の葉稲荷
鳥居からほんの少し歩いただけで神社群が見えてきた。まず目の前にあったのがこの葛の葉稲荷である。むろん葛の葉というのは安倍晴明の母が後世に狐であったという伝説ができた時の、その名前である。そう痛んでない茅の輪がある。水無月大祓に使用したものであろうか。
■六神社
葛の葉稲荷の右手に比較的立派なお社がひとつ、その先に黒塗りの祠がひとつあった。これが案内板に出ていた神社であろう。神社の手前には天檀があった。神社の名義はここには書かれていない。案内板によると、次の6つの神社であるらしい。
方災神社・八将神社・牛頭天王社・安倍晴明社・鎮宅霊府社・泰山府君社。
あるいは黒いのが泰山府君社かとも思ったが、詳細は不明。
■薬師堂
神社群から降りて土御門総社の鳥居の所まで戻り、道を進むと、斜め上に向かう道があった。その先に見えている建物が禅定寺かな?と思った。パスしてもいいが見えているからちょっと行ってもいいかと思い、進んでみるとこれが何と薬師堂であった。この斜めの道は案内板にはなかった道である。あるいは最近作ったのか??
それでは禅定寺はどこにあったのだろう.....分からないが、疲れているので戻る気力はない。いいことにして、薬師堂にお詣りする。
左手に上の方へ行く道がある。ここから案内板によれば天満宮・葛の葉稲荷社・午頭天王社・皇太両神遥拝所・秋葉社・愛宕社があることになっている。(後で暦会館で頂いた地図では広峰神社が書かれている)しかし愛宕社が山の頂上にあるというのは想像に難くないことである。パス。
右手にも道があったがその先に土御門墓所があるはずである。しかし先が見えない。林の中を通過することになるが残念ながら、今回そこまでの装備がなかった(うかつにも半袖であった)。パス。しかしあとで暦会館で聞いた話によれば、ここから5分程度でたどりつくそうである。
■加茂神社
薬師堂からまっすぐ降りれば加茂神社である。案内板のところには薬師堂は案内板から300mと書かれていたが、どう考えても300mはない。せいぜい150mであろう。
下に舞台のようなものがあり、そこから今にも崩れそうな(^^;石段を登ると、お社があった。名義は4つ書かれている。右から、善積河上神社・加茂神社・貴船神社・天社泰山府君。
加茂神社と貴船神社は土御門家がこの地に移ってきた時に、同じ陰陽道宗家である賀茂家ゆかりの京都・賀茂神社と、その関係の貴船神社(当時は賀茂神社の摂社であった)を勧請してきたものだそうである。天社泰山府君はむろん陰陽道・道教に関わりの深いものだ。
■十王堂
加茂神社の入口のところには十王堂(閻魔堂)があった。写真を取り忘れてしまった。

■白矢バス停
加茂神社のところから国道に戻ると、ほんの目の前になんと白矢のバス停があった。バスで来る人は仁井ではなく白矢で降りればすぐであったことが分かった。

■暦会館・流星館
白矢から3分も歩かない内に、目の前に☆のマークがたくさん入った建物が見えてきた。
『まさか、あれが流星館??』
私はもう笑いを押さえきれなかった。まだ納田終まで道半ばと思っていたのに、実は村営バスの最後の方はバス停がものすごく近接していて、実はもうほとんど終点近くに来ていたのだろうか??
実際には、そこは流星館ではなかったのだが、そこのカーブを曲がった所にもう小和田バス停があり、そのバス停の先の橋を渡ると右手に暦会館があったのである(流星館はその暦会館の向こう側)。
記録によれば、帰り道は暦会館から小和田バス停まで2分、小和田−白矢が6分、白矢−仁井が4分かかっている。参考までに。

ということでレポートの続きはまた後日。


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