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神無月特集(18) 伊和大神
伊和大神は播磨国全般で信仰されていたようです。播磨国風土記にはこの神
に関する記述が大量に入っています。
餝磨郡・英賀の里 伊和大神の御子の阿賀比古・阿賀比売が御鎮座。
揖保郡・香山の里 伊和大神が国を占めなされた時、鹿が山の峰に来た。
阿豆の村 伊和大神が巡行なさった時「あつい」とおっしゃった。
伊勢野 伊和大神の御子の伊勢都比古命・伊勢都比売命が御鎮座。
讃容郡・雲濃の里 伊和大神の御子の玉足日子・玉足比売の御子の大石命が御鎮座。
穴禾郡 伊和大神が鹿に会われた。(ししあわ→しさわ)
庭音村 伊和大神のご飯がこぼれて、それが発酵して酒が出来た。
稲舂の岑 伊和大神がここで稲をつかせた。
穴師の里 伊和大神がここで食事をした。
石作の里★伊和大神のたぶん本拠地
阿和賀山 伊和大神の妹の阿和加比売命が御鎮座。
伊加麻川 伊和大神が国を占められた時、川に烏賊が居た。
雲箇の里 伊和大神の妻の許乃波奈佐久夜比売(*1)は姿が麗しかった。
波加の村 伊和大神より先に天日槍命(*2)が来られていた。
御方の里 伊和大神が御杖を立てられた。
伊和の村 伊和大神が酒を醸造なさった。
神前郡 伊和大神の御子の建石敷命が御鎮座。
多駝の里 伊和大神と天日槍命が各々軍兵を率いて戦われた。(*3)
天日槍命の軍勢は八千あった。
託賀軍 黒田の里 宗像の奥津島比売命が伊和大神の御子をお産みになった。(*4)
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(*1)木花咲耶姫と思われる。古事記では邇邇芸命の妻になっている。
(*2)天穂日命のことか?天穂日命は出雲国造の祖で、神魂神社の創立者。
(*3)穴禾郡奪谷では葦原志許乎命(記紀では大国主命の異名とされる)と天日
槍命がその谷を奪い合ったと書かれている。
(*4)奥津島姫は別名多紀理姫(田心姫)。古事記では大国主命の妻とされ、
味鋤高彦根神(賀茂大神)と下照姫神をお産みになったとする。
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延喜式の播磨国の部には伊和大神関連と思われる神社は下記3社記載されて
います。
明石郡 伊和都比賣神社
赤穂郡 伊和都比賣神社
宍粟郡 伊和坐大名持御魂神社(名神大)
出雲国で見た佐太大神にも大国主神の要素が垣間見られましたが、伊和大神
についても、やはりそういう要素が見られます。とりわけ、黒田里で奥津島
姫が妻であるとされていることや、上の延喜式で「おおなむち・みたま」と
書かれていることから、伊和大神は大国主命と考える人は結構いるようです。
その場合、天日槍命との関わりは、天穂日命が葦原中国平定のため高天原か
ら派遣されて来たことを表しているとも考えられます。記紀では天穂日命は
何もせずに葦原中国に居座ってしまったことになっていますが、播磨国のこ
ういった記述からすると、戦ったが最終的に和解してしまったということに
なるのでしょう。
ただ、こういうものは、元々伊和大神という独立した神格があったものが、
後日大国主命や邇邇芸命と神格が混乱したということも考えられます。神様
の系統の判断というのは単純ではありません。
これはそもそも大国主神というのが出雲の神で全国を制覇なさったという考
え方に立つか、あるいは各国に大国主神がおられたのが最終的に神格が統合
され、本拠地は出雲であると考えられるようになったか、ということにもよ
ります。もし後者が正解なら伊和大神は間違いなく播磨国大国主ということ
になります。